何が起きたか——北サーニッチに専門プログラムが誕生
カナダ最大規模の民間入院施設が「ギャンブル専門病棟」を新設
カナダ・ブリティッシュコロンビア州ノース・サーニッチにあるホームウッド・ヘルスのレイヴンズビュー・センターが、2026年3月にギャンブル障害に特化した入院治療プログラムを正式に立ち上げた。
同センターは2019年から精神疾患と依存症の入院治療を提供してきた施設で、通常6〜9週間のプログラムを提供している。今回のギャンブル専門プログラムは、同センターが「深刻な治療空白」と表現する状況への対応として新設されたものであり、この種の専門的な入院治療プログラムはカナダ全土でもほぼ唯一の存在だ。
急増する相談件数——プログラム開始後から患者が殺到
プログラム開始以来、センターには多くの人々が訪れているという。ギャンブル環境の変化が特に若い男性に大きな影響を与えているとされるが、実際にプログラムを利用しているのは多様な背景を持つ人々であるとクレイグ・エクスティン臨床業務マネージャーは語っている。
なぜ今なのか——オンラインギャンブル市場拡大が依存症リスクを加速させる
オンタリオ州の事例が示す「数字の衝撃」
2026年3月にカナダ医師会雑誌(CMAJ)に掲載されたオンタリオ州の研究によると、同州が民間オンラインギャンブルへの市場を開放した後、若い男性からオンタリオ州の精神保健ヘルプラインへのギャンブル関連の相談が300%以上増加した。また3年も経たないうちに一人当たりのアクティブなオンラインギャンブルアカウント数が239%上昇したことが明らかになった。
オンタリオ州は2022年4月にオンラインギャンブル市場を民間企業に開放した。残りのカナダの州はB.C.州のPlayNowのような政府運営サイトに限定しているが、オンタリオ州のメディアが持つカナダ全土への影響力から、各州の規制の違いに関わらずカナダ中に広告が流入している状況だ。
スポーツ中継でギャンブル広告が「毎分3.5回」流れる時代
2025年のNHLプレーオフ決勝(エドモントン対フロリダ戦)を分析したブリストル大学の研究では、ギャンブルのロゴや広告が平均して1分あたり3.5回テレビ画面に表示されていたことが判明した。
ブリティッシュコロンビア大学ギャンブル研究センターのルーク・クラーク所長は「テレビコマーシャルではスポーツブックの広告が増えているが、それ以上にオンラインカジノの広告も増えている。オンラインカジノはオンラインギャンブルの中でより収益性の高い部門だ。同時に、オンラインギャンブルによって若者、特に若い男性のギャンブルが大きく増加している」と指摘した。
ギャンブル障害の特性——「最も自殺率が高い依存症」の深刻さ
脳の報酬回路を狙い撃ちにする「加速された勝敗サイクル」
エクスティン氏はギャンブル依存症の体験を次のように説明する。「最初はある種の感情的な高揚感や興奮です。期待と緊張、そしてその解放感。さらには一種の解離体験でもあります。ギャンブルに没頭しているときの思考・身体感覚・感情・集中力は、していないときとは全く別のものになる」と語った。
カジノでの勝利やスポーツベットの的中は、タバコを一本吸うのと似た脳内の即効性の快感をもたらす。しかしギャンブル障害の治療は、避けられない金銭的問題と、精神的健康問題・トラウマ・他の依存症といった依存症の根本原因を考慮に入れると、非常に複雑になる。歴史的にギャンブル障害は、依存症の中で自殺率が最も高い疾患とされてきた。
オンラインギャンブルが依存症リスクを高める構造的な理由として、エクスティン氏は「勝敗のサイクルが加速する」点を挙げる。「Wi-Fi環境さえあればいつでもどこでも新しいベットを続けられる。短期間のうちに生活に甚大な影響を及ぼす状況に追い込まれ、その後また損失を取り戻そうとする反応が始まる」と述べた。
2013年のDSM-5が変えた「疾患」としての認識
2013年のDSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)において、ギャンブル障害は行動嗜癖として正式に認定された。クラーク所長はこれを「公衆衛生上の問題として真剣に受け止められるようになった大きな転換点」と位置づける。広告の急増と利用のしやすさという新しい状況の中で、研究者はまだ刻々と変化するギャンブルの世界の影響を把握しようとしており、連邦政府もギャンブルの弊害から国民をより保護するための立法的選択肢を模索しているところだ。
治療の実態——「ギャンブルだけ治しても意味がない」
個別化された複合的なアプローチ
エクスティン氏によれば、ギャンブル障害の治療では、トラウマ・うつ・不安といった根本的な要因も同時に扱う必要がある。レイヴンズビューでは個別治療・グループセラピー・統合的臨床治療・家族を中心とした社会復帰支援・金銭的安定と回復計画という複合的なアプローチをとっている。
「ギャンブルが最も切迫した問題として治療のきっかけになることが多い。そして一つの問題で助けを求めると、精神科医や医師との専門的な支援を通じてより深い評価を行う機会になる」とエクスティン氏は言う。「うつを治療しても、ギャンブル依存症は単独では消えない。本当にその人の人生に変化をもたらしたいなら、ギャンブルに取り組むと同時に、うつも治療する必要がある」と強調した。
カジノ総研の見解——産業の成長と依存症対策は「両輪」でなければならない
「治療の空白」が示す、規制と対策の非対称性
今回の報道が最も重要な問いとして提起しているのは、「オンラインカジノ産業の成長スピードと、依存症対策の整備スピードが著しく乖離している」という現実だ。
オンタリオ州がオンラインギャンブル市場を民間に開放したのは2022年4月。その後3年も経たないうちにアクティブアカウントが239%増加し、若い男性からのギャンブル依存症相談が300%超増加した。それに対してカナダ全土で「ほぼ唯一」と言える専門入院治療プログラムが立ち上がったのは2026年3月だ。産業の拡大と対策の整備の間に、少なくとも3年以上のタイムラグが存在する。
カジノ総研はこの非対称性を、単なる行政の遅れと捉えるべきではないと考える。これは市場開放の設計段階において、依存症対策が「後から付け足すもの」として位置づけられていたことの必然的な結果だ。
「依存症対策の先行整備」という原則の重要性
日本のIR整備法は、カジノ施設の開業に先立つ依存症対策の制度的整備を義務づけている。入場規制・本人申告排除・家族申告排除・入場回数制限といった仕組みは、他国に比べて先進的な設計といえる。
しかしカナダの事例が示すように、対策の「制度化」と「実効性」は別物だ。相談窓口や規制が存在しても、深刻な依存症に対応できる専門的な入院治療プログラムが整備されていなければ、重症化した患者の受け皿がないという状況が生まれる。日本においても、IRカジノの開業後に依存症が深刻化した段階で「治療の空白」が露わになるという事態を避けるための先行投資が不可欠だ。
オンラインギャンブルの拡大が「陸上カジノ」だけの問題ではない理由
今回の報道で特に注目すべきは、問題の主な舞台がカジノ施設ではなくオンラインプラットフォームであるという点だ。スポーツ中継に毎分3.5回のギャンブル広告が流れ、スマートフォンからいつでもベットできる環境が整う中で、陸上カジノの入場規制だけでは依存症リスクの全体像に対応できない。
日本でもスポーツベッティングや各種オンラインギャンブルの将来的な拡大が議論される中、「陸上IR」と「オンライン」を分断して考える政策設計は現実に即していない。オンライン領域を含めた一貫した依存症対策の制度設計が、今から必要だ。
ギャンブル障害を「意志の問題」から「医療の問題」へ
クラーク所長が述べたように、DSM-5での正式認定はギャンブル障害が「意志の弱さ」ではなく「脳の報酬系に関わる医学的な疾患」であるという認識の転換を意味する。この認識はいまだ社会的に十分に普及しているとは言えない。
「ギャンブルで負けたのは自業自得」という社会的偏見が、本人が助けを求めることへの心理的障壁となり、重症化してから初めて表面化するというパターンは世界共通だ。カジノ総研は、カジノ産業の健全な発展のためにこそ、ギャンブル障害を医療問題として社会全体で受け止める文化の醸成が不可欠であると考える。
まとめ
カナダの専門プログラム開設というニュースは、一つの地方医療施設の話にとどまらない。オンラインギャンブルの急拡大が依存症リスクをどのように変容させているか、そして産業の成長に対して治療と支援体制がいかに遅れて整備されるかという、世界共通の課題を映し出している。
日本のIR開発は、この教訓を先回りして活かせる立場にある。依存症対策を「開業後の課題」ではなく「設計段階からの必須要件」として組み込む姿勢が、カジノ産業の長期的な社会的信頼を支える唯一の道だとカジノ総研は考える。
本記事の元情報はVictoria News(2026年8月12日付)に基づいています。カジノ総研編集部が独自の分析と見解を加えて制作しました。ギャンブルに問題を感じている方、またはご家族について心配な方は、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)または居住国・地域の依存症相談窓口へご相談ください。
執筆者について
佐藤 誠
佐藤 誠は、世界および日本のカジノ産業、統合型リゾート(IR)、ゲーミングテクノロジー、規制動向に関する調査・分析を専門とするリサーチャーです。カジノ市場の成長性、各国の法規制、プレイヤー動向、業界ニュースを客観的なデータに基づいて分かりやすく解説し、初心者から業界関係者まで信頼できる情報を提供しています。
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